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2001年10月6日〜11月20日

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★2001年11月20日

本日もなさけなくアリバイ更新ですが、眠いので簡潔にまいります…(--;)
前回の表紙の正解は西武多摩湖線青梅街道駅でした。
速攻でメールを下さったいけぴーさん他、クイズにお付き合いいただいた皆様
ありがとうございます<(_ _)>


★2001年11月9日/いただきものを御開陳であります。

みなさまこんばんわ、アリバイ更新の時間がやってまいりました(つっても20日ぶりである。
エラそうなことはなにもいえん)。
実を申しますと、2月の仮開業からかぞえて(ようやく)5,000アクセスを達成致しまして、
弊サイトの“更新圧力団体”を名乗る方々から記念にありがたい画像を頂戴致しましたので、
ゼヒともお目にかけとうござりまする。
まずは デトニの部屋 のデトニさんより…

  2001.10.8  山陽姫路 P:デトニ

↑姫路駅に佇む山陽電車のアルミカー・5000形であります。番号がズバリ“5000”なのがイイですね。
関西私鉄の中ではわりと地味な存在で、本線でも普通電車は3輛連結だったりする
山陽ですが、個人的にはわりと縁浅からぬ電車なのです。もっとも姫路駅はかれこれ
十数年行ってませんが…

お次は、過去にも記念画像を頂戴しております、
くらはやし みのるのB級HPのみのるさんより…

P・加工:くらはやし みのる

↑岳南鉄道は岳南富士岡のクラでのシーンでございます。ワタクシ的には5000もよいが
右の茶色いのはもっとヨイって、好みをみごとに見透かされてますネ(^^;)。うれしはずかしです。
達成日まで書いていただいて…(←いつ達成したのか自分で忘れてるやつ)
5000系のほうは予備役となって久しいですが、ED501はいまでも比奈の入換に現役なのでしょうか。
私も前に行ったのがすでに4年前…さいきんホント田舎の私鉄行ってないです(T_T)。

さて、最後にお目にかけますのは、自分ちのアクセスではなくて、デトニさんのサイトで“11111”なるキリ番を
踏んだお礼にいただいたものです(よそ様のサイトのキリ番ってほんと縁がないので、これまた嬉しや)

  1983.10.30 阿里山鉄路 奮起湖(?)  P:デトニ

↑なんなんでしょうこのうろんげな車は。実は台湾は阿里山鉄路のモーターカー
サイドの立派な社紋とは裏腹にてんで無愛想なハコ型車体。そしてキャブオーバー型のわりには
運転席は車体後方という前方視認性をあまり考えてなさそうなナンセンスな設計が泣かせます。
善意に解釈すれば、屈指の急勾配に挑むべく大型のエンジンを積んでいるので、
日本の林鉄あたりのモーターカーみたくエンジン脇にコクピットを設ける余裕がないだけのかも
しれませんが、だったらボンネット型にしろよ改めてツッコミたくなるのは私だけか。(^^;)
欲をいえば親のカオ…もとい本人のカオが見てみたいが(笑)、残念ながら
この写真ではわかりません。ホント、コイツの前面はどうなっているんでしょうか。
塗色はおそらく同線標準の真紅に白帯。デトニさんによれば、
車体前後の砂箱?がトラ塗りであった由。
写真がいちおう80年代の撮影ゆえ、ひょっとしたらまだ現役かもしれませんね。
(この車の詳細をごぞんじの方、いらっしゃればゼヒご教示を…)
 

というわけで、デトニさん、みのるさん、ありがとうございました<(_ _)>。
ケッコン式が済んだら、圧力に耐えられる?更新をすべく邁進いたす所存…

数字がらみといえば、デトニさんの愛車“白鹿号”(作業部日誌6月30日号参照)が
走行積算20万kmを達成されたとのこと。おめでとうございます。
ウチのは最近あまり乗ってやれてないので目下10万数千kmですが、
20万も走ったらバラバラになりそうで怖いっす。それ以前に維持費と部品が尽きるという説も(^^;)



★2001年10月21日/行きがけの駄賃の足利駅

この週末はヤボ用で栃木の足利に行っていた。平たくいえばヨメの実家である。
何しろ暮れにケッコン式を控えているもので、毎度の週末も
その準備に関わる雑事に追われて瞬く間に過ぎてゆくありさまで、
今回の足利行きもそれらの一環なのだった。
(今までも日誌上で“ヨメがどうたら〜”とか書いてきたが、
実のところすでに同居はしているものの挙式はまだなんである
仕事がただでさえああなのに、週末もあまり自由にならないとあってはなおさら更新のヒマがないという、
読者の皆様にはただただ平伏してお詫びするしかない状況が続いているのであります。<(_ _)>
なにしろ、珍しく自宅のPCに向かってスキャナをいじっているとしても、それは汽車の写真じゃなくて
披露宴でのスライドショウ用の、自分たちのガキの頃の写真だったりする次第で…

で、まあ、きのう・きょうはヤボ用とはいえせっかく足利くんだりまで行ったので、帰りついでに
葛生辺りにでも足を伸ばしたいところだった。しかし寄り道が過ぎると
帰り道に渋滞に巻き込まれるからあまり時間はかけたくない。そこで、いままで東武の『りょうもう号』
利用ばかりで足を運ぶ機会のなかった、両毛線の足利駅を見に行ってみることにしたのだった。
ヨメの道案内でたどり着いた足利駅は、“関東の駅百選”にも入っているだけあって、
なかなか風格のある駅舎である。正面入口の窓の上にはステンドグラスがあしらわれているのもよい。


▲これがJRの足利駅舎。外壁はいちど塗り直されたらしい。 2001.10.21

ただ、建物に風格があったところで、昼間は電車が1時間に1本くらいしか来ない。
もと地元民であるヨメによれば、足利の街はほんらい両毛線の通る渡良瀬川の北岸が
中心地であったが、いまは東武の走る南側一帯に大規模店が増え、こちらは
すっかり寂れてしまっているという。表紙でお目にかけたEF60の保存車の荒れ具合も
それを暗示しているかのようだ…というのは単なるコジツケか。
「(この機関車)私がこっちに居た頃(=ひと昔以前である)に既にあったかも
しれないけど、ぜんぜん気づかなかったな〜…」とのたまったヨメではあるが、
かつて電車に乗るのは遠出のときだけ(しかも大抵は東武)だったような
手合いだし、カマが置いてあるのも駅前広場のかなり外れの方であるからまあ仕方がない。


▲表紙の写真とは反対側から見たEF60 123。キャブ側窓はなくなっちまってるし、
よく見ると正面の形式名の切抜文字の“F”が傾いていたりする。 2001.10.21

ところでこの機関車、表紙の文章で「恐らく両毛線に縁のある〜」などと書いたが
“恐らく”なんて書いてるくらいだから実際のところはようワカラン(苦笑)のである。
なにせ個人的には「両毛線て今はどうか知らんが貨物走ってたよなあ…EF60ってむかし
高崎に配置があったよなあ…」というきわめて曖昧な記憶しかないし、
当の現車はというと、検査表記に“56-6 鷹取工”とあるうえ、
それとて書体が違う、後から書き直されたらしい代物でして。
もともとこの手(つうか国鉄型)には詳しくないので、もしよろしければ
どなたかこのカマの来歴をご教示いただけませぬでしょうか…?


★2001年10月6日/実感の沸かないこと

シャバに復帰してから早ひと月。当然というか元のただ単に忙しい日々である(それしか話題はねーのか)。
そんな中、ちょいと我ながら問題だなあと思うのは、このところの
穏やかでないデキゴトに関して、どうにも実感が沸かないことだろうか。
例の特攻テロや狂牛病騒ぎはその代表例。
後者に関しては、仕事がらみで直接的な実害を被りつつあるが、
それとて「よけいな手間ァ増やしやがって」と毒づく以上の何かまでには
到らなかったりするんですねえ。

趣味方面にハナシを切り換えれば、さしずめ名鉄の閑散線区の廃止か。
殊に谷汲線は、自分自身何度となく通った場所だけに、やはり別れはしのびない。
しかし、ああいう電車というか線区がよくもまあ今まで維持されつづけてきたもんだ、という
思いもあるし、かといって、あの独特の十年一日ぶりが今後そう簡単に霧消するとも信じがたい。
ネット上を飛び交う、同好者の思い思いのはなむけの言葉を目にするたびに
頭の中で釈然としないキモチが交錯するのである。

そんな中、ちょっと目を見張ったのは、デトニさんのサイトで拝見した
ローズピンクの西武線の復活映像だった。
復活塗装を施された車輛は、ありていにいえばインチキ(笑)だが、101系という電車が
かつて実際にローズ色を纏っていた形式と事実上カタチが変わらないことを
逆手にとった、なかなか粋なハカライである。
むかし、通学途中に毎日山手線の車内から見やった新宿線の701系や801系が
瞬時に脳裏に浮かび、懐かしさに浸ったことであった。

しかし、ここでいきなり話はフリダシに戻るのだ。
いま、西武から701系とか801系とか401系といった電車は姿を消して何年も経つらしい。
しかし、彼らがいなくなったことにいまだに実感が沸かないんである。
これは先述のとおり、701・801と現役の101のカタチにあまり差異がないことの逆説であるし、
もう施工されてけっこう経つとはいえ、西武の黄色い電車の
窓廻りのベージュ塗装廃止がさらに輪をかけているともいえる。
最近の西武線との縁は、たまーに練馬の友人宅を訪れたりするときぐらいなのだが、
そこで目にする旧タイプの101系は、西武電車に細かいコダワリのない私には
どう見ても801系にしか見えないし、編成のケツにはきっと食パン面の401の2連が
ブラ下がってるにちがいないという錯覚すら覚えたりするのでございますですよ。
いくらなんでも、相手が黒マスクの新101や3000の場合は違和感のあまり(笑)我に帰りますが。

まあ、冷静に考えると、単に関心度合や接触頻度の問題なんでしょうけどね。
さすがに目蒲線地下に潜って武蔵小杉や都心に直通運転をしていることは
ようやく現実として理解するようになった最近の私であります。
(でも目黒線とか多摩川線とかは死んでも言うつもりはないのでよろしく。)
 

なんか身もしまりもない話ですいません。やっぱ疲れてるわ俺(--;)。


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