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2003年5月30日〜9月21日

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★2003年9月21日/4年ぶりに山に登ってみれば

前回からの間にホントはいろいろご報告すべきことはあったのですが…(JAMとか、シェフのオフ会とか)、
ガタガタしてるうちにすっかり吹っ飛んでしまい申し訳ない限りです。

で、今回の更新でお目にかけた通り、水口の新車を見に行ってきたわけですが、
わざわざ有休取ったにもかかわらず、機関車は動いておりませんでした。それにはこんな事情が…

 
9月12日朝。索道の起点・小口川第二発電所までやってきて、水圧鉄管を時折横目にツヅラ折の山道をゼイハアいいつつ登ります。
じつは朝7時過ぎには登攀開始予定だったのですが、友人某の乗った『能登』が上越国境の豪雨で2時間以上遅れたため、
山のふもとに着いた時点ですでに9時半を回っていました。朝上げた荷物を運ぶ便は完全に撮り損ねだな…と思いつつも
40分余かけてやっと頂上に到着。


しかし、そこには軌道までの連絡用のトラックが置いてある…ということは、山には作業の人は誰も来ていない?
ふと、索道の動力小屋の方を見てみたら、↓

使用禁止だァ?…おいおい、機関車だけじゃなくて索道もダメになっちまってたんかい(~~;)。
これじゃ荷物は上げられない。ってこたァ山にだ〜れもいるわきゃない。今年の小口川の現場は厄年なんでしょうかネ。

たまたま山の上で、送電線か何かの巡察に来ていた北陸電力の方に会ったので訊いてみたところ、
ここ1〜2ヶ月ほどこんな状態だそうで、“冬が来る前までには修繕をするらしいと聞いてはいるが…”とのお話でした。
 

↓さいごに、高所恐怖症の人は見ない方がいいオマケ画像貼っときます(^^;)

索道頂上から、谷底までの高低差約200m…(~o~)


★2003年8月12日/Scoop Shot!!

↑コレハイッタイナンダ?…緊迫の次号を待て。

ちなみに↓で撮りました(F40iがみまかったので買い換えたのです^^;)


★2003年8月1日/けてるさんの小口川軌道最新情報

さてさて、たまきちさんの超絶Nナローに引き続き、またもやお客様から戴いたネタであります。
じつは、リンク先の臺灣黄昏地帶の“けてる”さんから
「水口(小口川)の軌道を見に行ってきます」というメールをいただきました。
サイトで水口ネタを扱っておきながら、かれこれ4年現地に行っていないダメダメ管理人な私は
けてるさんに“ぜひレポートを!”と厚かましいお願いをしてしまったのですが、
お戻りになってから快く成果の画像を送って頂きましたので、さっそくご紹介したいと思います。
 
 ▲シートを被ったまま放置の無番号機

 以前にお話しした水口建設小口川軌道ですが、7月20日(日)に東京の知人と2人で行ってきましたので、そのときの"見たまま情報"お知らせします。結論から先に言ってしまうと、5年前と比べて所属車両に変化があるものの、軌道そのものは健在でした。

まずは機関車。5年前はダットサントラック改造の新2号機と無番号の2両態勢でしたが、今回訪問した際には朽ちたビニールシートに覆われた「エンジン」が側線に1両止まっているのみ(写真)。どうも何年か前に"冬ごもり"状態になってから一度も動くことのないまま、現在に至っているようですね。車体番号は確認してきませんでしたが、シートの破れ目から見える台枠の形状から、おそらく無番号のほうの「エンジン」だと思います。

 
無番号機のコクピット。画面右側に同機の特徴である手ブレーキレバーが覗く。

その他の車両は、軌道の起点部分に木造台車の残骸が1両、金属製の平トロが2両、ヘリポート線用の大型の台車が1両の計4両を確認。5年前より平台車が1両増えているような気がするのですが、いかんせん前回訪問時の記憶があいまいで、こちらのほうはいまひとつはっきりしません(^^;。

 ▲雨に濡れてわかりづらいが、じつは枕木がPC化済みの軌道。
 
 また、枕木のPC化は以前よりかなり進んだ感じで、全体の3分の2程度がコ
ンクリート製のものに置き換えられていました。雑草の繁茂や道床の土かぶりな
どもなく、軌道の整備状態は非常に良好です。

  ▲終点の小口川第三発電所

 <撮影・文:けてるさん>

というわけで、弊連絡所で一時は廃止説?も出た小口川の軌道は、無事健在であることがわかりました(^^v)。
けてるさん、重ねてお礼申し上げます<(_ _)>

しかし…けてるさんのレポートから読み取れる重大な事実があります。それは、
2号機がいないということです。

2号機は、過去10年ほどのスパンで見た場合、事実上小口川の軌道の主役でした。
下の写真のごとく、年々その姿を変えつつも…
 
▲2号機の姿のうつりかわり。 左:1991年9月 / 中:1994年9月 / 右:1996年8月 P:長者丸

'98年頃からは、谷側の側板も失われたかなりヒサンな姿になってしまいましたが、それでもケナゲに?働いてきた2号機。
はたして、オーバーホールのために山を降りたのでしょうか?それともついにお払い箱となって新台導入と相成るのでしょうか?
そう思うと居ても立ってもいられなくなりまして、私も久々に今夏の小口川行きを心に決めました。
さて、その真相はいかに?お盆明け以降の更新をお待ちいただければ幸いです<(_ _)>


★2002年7月25日/四半世紀前のミクロの決死圏

今回は趣向を変えまして、読者の方の作品をご紹介したいと思います。
じつは、2週間ほど前に連絡所に水口建設の件で書き込みをいただいた
“たまきち”さんと、幾度かメールのやりとりがあったのですが、その中で模型の話になりまして、
「じつは昔こんなものを作ったことが…」と写真を送っていただきました。
で、モノは何かと申しますと、なんとNナロー(G:5mm)のBタンク!
 

 2点とも作・撮影:たまきちさん

   
 蒸機の方は昭和54年頃の製作と記憶しております。塗装は当時のオリジナル状態
 (パクトラタミヤの筆塗り)です。今では調整をしないとまともに走りません。(モーターが
 発煙装置と化してしまいました。)

 モーターはトミーのCタンクのものが焼けてしまって走行不能になったので、それを
 再利用しました。全体をバラして、鉄板プレス製の電機子を何枚か抜いて、コイルを
 巻き直し、磁石を延々とコンクリートでやすり、コカコーラの空き缶から切り出した
 ケースに固定しました。ブラシは隣青銅線を叩き潰したものです。軸受けは真鍮板か
 ら切り出し、車両に固定してあります。
 全体のデザインはお察しのとおり、モーターを収めることを最優先にした関係上、あ
 あいうものになりました、あの形ですとキャブ側が重くなりますので、森林鉄道風の
 煙突をウエイト代わりに付けました。
 

今でこそペアーハンズから沼尻ガソなどNナローのキットが出たりしているようなご時世ですが、
(たまきちさん、最近はそのペアーハンズ製品のキットメイクを楽しまれている由)
昭和54年といったら、もう4半世紀前寸前!ポケベルモーターはおろかキドマイティもなかった(と思う)時代に
この大きさで“動く”ロコを仕上げられたとは大したものです。
HOnのバテロコやNfのフェルドバーン・ロコなど超小型“自走”ロコのエキスパートである
畏友まーくん氏も目を見張るんではないかしら?
そんなわけで、写真の掲載を申し出たところ快諾いただきました。ありがとうございます<(_ _)>

ちなみに、なんでこんな話になったかといいますと、たまきちさん、水口の機関車をHOナローで模型化してみたい
仰っているのです。アレをHOスケールで、といったら、このBタンクと負けず劣らずのサイズになるのは必至。
そんなわけで、私もご期待に応えるべく、むかし採寸してきたメモを整理して
図面を引く準備中の今日このごろ…なのでした。


★2002年7月24日/さいきんの活動をまとめて…

いやぁかれこれ一ヶ月半のご無沙汰ですねえ、もうダメダメですねえ〜(~~;)といいつつ、
ここしばらくのお出かけ報告であります。どうかご笑覧をば…
 

●6/28・29 またまた木曽に行ってくる

表向きニョーボ孝行ということで、週末を利用して木曽へ。
メインは妻籠宿や南木曽観光でしたが、当のニョーボが土曜日仕事が入り一緒に出られなかったので
土曜は1人で赤沢などへ行ってみたりもしました。もっとも、その日の天気は思いっきり雨でしたが…(^^;)


▲奈良井に保管されている酒井5t(No.95)とB客(助六No.5)。


▲赤沢の列車乗り場。天気のせいでさすがに乗客はほとんどいませんでしたねえ(^^;)


▲雨の日の上松土場


▲夕闇に包まれる妻籠宿。右側の『松代屋』に投宿した。


▲左:妻籠は町並みだけでなく発電所も渋い。関電妻籠発電所。 ▲右:妻籠宿にてレール利用のドブ板を発見。かつて近隣を走っていた林鉄(蘭線)の忘れ形見か。

* 
▲左:南木曽・福沢桃介記念館にて。酒井5t(No.63)と山の歴史館(旧帝室林野局妻籠出張所) 
▲右:桃介橋。読書発電所資材輸送を目的に架けられた大規模な吊橋で、橋の上は併用軌道となっていた。現在の橋は復元されたものだが、
ピアの部分にかろうじて往年の軌条が残る。ゲージは実測590mmだったが、実質2ftといってよいか?
 

●7/13 KMC接合会開催


KMCこと木曽モジュールの初めての接合会が行われました。くわしくはKMC画報をゼヒご覧下さい<(_ _)>
(私も出来かけのモジュールを携えて参加してまいりました)
 

●7/21 湾岸あたりでフラフラしてみる

この日はニョーボや友人数人と、夢の島にて鉄分ゼロの行楽。しかし帰り道結果的に鉄分補給となりました(^^;)。


▲左:被爆船として有名な第五福竜丸のエンジン。新潟鉄工製だそうなり。/▲右:マリーナで偶然カジキの水揚げに遭遇。126kgだって、スゴイねえ〜。


▲帰り道たまたま汐留を通りがかったんで、(生まれて初めて!)0哩標識を見てきました。
新橋ステンショも、やや中途ハンパなレプリカとはいえわざわざ再建されたのは喜ばしいことというべきでしょう。
 


★2003年6月6日/すごいものを見てしまった! 

2ヶ月ぶりの次は1週間ぶりとこれまた極端ですが皆様いかがお過ごしでしょうか(^^;)。

といいますのも、これはゼヒとも皆様に激重ワイド画像で見ていただかにゃあイカン、と
一枚の写真をお目にかけたく…

畑中シェフの新作・作業軌道のレイアウトです。
目下、KMCの名のもとに皆でモジュールを作っているわけですが、モジュールは皆で集まらないかぎり
運転はできません。そこで、どうせなら店に常備しておいてエンドレスで運転を楽しめるレイアウトも欲しい、と
シェフが2週間あまりで速攻製作したのがこれ。
画面右側は“Dachs Story”でも有名な上松のオメガループをイメージした配線になっており、
一枚のベースの上で、2つの異なる表情が楽しめるレイアウトになっています。

それにしても、模型の地面をみて、こんなにもゾクゾクしたのは久しぶりのことです!
去る2日、お披露目運転会をやるからってことで会社帰りにカルタゴにたどりついてみたら…
前の週は青いスタイロフォームのベースに、いずれティンバーになる竹串が刺さっているだけの状態だったものが
イッキにここまで仕上がってしまっている…しかも助六あたりの、あのダイナミック且つ殺伐とした
作業軌道のイメージがみごとに再現されていて、店に入ったとたん茫然自失で見入ってしまいました。
しかし、次の瞬間には持参の機関車や運材台車を喜々として走らせている自分がいまして
レイアウトはいいなあ!と心の底から思えた一夜でした。
実はこれでもまだ未完成の状態でして、さらに切り株や尾根の上の樹木などが追加になります。
くわしい製作記はシェフのサイトのここにありますので、ゼヒご覧あれ。

さあ、ここで受けた刺激というか元気を、どれだけ自分がこれから作るモノに
取り込んでいけるかが問題なワケですが、どうやら刺激が変な方向に働いたか
イキナリ散財に走り(ぉぃ)、以前から買おうかどうか迷っていた
乗工社の帝室林野のコッペルを…(しかも速攻コアレス化してやったら、よく走るなあ^-^)。こんなことでいいのか俺(*_*;)


★2003年5月30日/前の日誌から何日たったでしょう(汗

みなさまこんばんは。
日誌もいよいよ隔月刊化(ぉぃ)してきましたね〜イカンですね〜こんなこっちゃ(>_<)。

さて、KMCに加わっていらい、林鉄趣味にドップリはまっておりまして
木曽にも2回足を運び、毎週カルタゴで行われる例会にも皆勤賞状態なのですが
肝心の模型は、まだまだ目に見えた成果を出すには到っていません。
いまのところこんな↓状態です。


モデルワーゲンの酒井F4が一応カタチになりました。塗色は俺様仕様(藁)、ただしホイットカム同様
レタリングがまだなので最終的なメイクアップには到らず、ですが(^^;


モジュールの方は、上松の土場(貯木場)と、助六線風の作業軌道を作ることになっております。
写真は、土場となるモジュールパネルに本線用のレールを敷設、ブツを仮置きしてイメージ固め中の図。
シーナリーの構成は単純極まりないのですが、バルサ丸棒でつくる材木の量産が遅れていて、ウズ高く積まれた
状態を再現するにはまだ程遠いです…

じつのところ、本番たる11月3日の“珊瑚祭”での運転会まで、早くも半年を切っていたりします。
ウカウカしてられませんぞー(^^;


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