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1991年
<その1>



 
ここでお目にかけるのは、はじめて小口川の軌道を訪れたときの写真である。
 ただでさえ軌道へのアクセスは一筋縄ではないらしいというのに、天候はあいにくの雨。山麓の発電所から息を切らしながら延々急斜面を登り、山頂からは現場に向かうトラックの荷台にしばし便乗させてもらってようやく軌道の起点にたどりつくが、そこに車輛の姿はなかった。
 やや不安をおぼえつつ、そこからさらに軌道敷を歩くこと十数分、行く手に留置線とおぼしき側線があらわれた。その奥には機関車らしき影が。噂にきく、トラック改造のあのゲテモノ機関車なのだろうか…?
        1991.8.7  F-1  50mm  PKR  
近づいてみると、側線にいたのはまぎれもない“水口型”の機関車だった。出自を物語るかのごとく“DATSUN”のネームプレートが輝くも、外れかけて傾いたグリルがご愛嬌。
かつて雑誌の写真で見たのとは全く別物であるが、スタイルの文法はそのまま受け継がれていたことに妙な感動をおぼえた。

2号機
1991.8.7  F-1  50mm  PKR 

  

 

“2号機”のいた側線からさらに歩くこと20分ほど、終点の発電所にたどりつく。そこにはもう一台の似たような機関車が平台車を従えて休んでいた。道を案内してくれた現場の人いわく、今日動かしているのはこちらの機関車だという。
 さっきの2号機とちがって車体には番号らしきものもなく、オリジナルのすましたグリルとは裏腹にややズングリしたスタイルが特徴。
 折しも昼どきということもあり、、この写真を撮ったあと、併設の合宿所で休んでいくよう勧められた。雨は止む気配もなく降りつづけており、すっかりズブ濡れの我々はご好意に甘えることにした。

<2枚とも>小口川第三発電所にて憩う無番号機。
1991.8.7  F-1  50mm  PKR

  


   

合宿所で、午後一番に“エンジン”(現場の人たちは機関車のことをそう呼んでいる)が動くと聞き、私たちは礼をのべて合宿所を辞した。
 しかし、発電所に止まっていたエンジンは、こちらが休んでいる間に、荷を引き取りに起点へ向けて走り去ってしまっていたので、軌道敷を少し戻ってカメラを構えることにする。
 待つことしばし、想像以上に甲高いエグゾースト・ノートとともに、土嚢を満載した台車を従えてエンジンは現れた。ナリこそ不細工ではあるが、真の意味で現役のナローの内燃機関車が目の前を通り過ぎてゆく…ただただ感無量である。

 過ぎた列車のあとを追いかけて軌道を走ってゆくと、列車は途中の工事現場で歩みを止めた。急峻な谷の斜面にへばりついた猫の額ほどの敷地に、所狭しと積まれた土嚢や機材。午後の“仕事”はこれからだ。

2枚とも 1991.8.7  F-1  50mm  PKR
 

 

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